〜吉田篤弘〜 紹介文

 

 1970年代は人々が銭湯に行く日と時間を決めて暮らしていた時代だった。

 自分はその帰り、町の本屋で秋元文庫を立ち読みしたり、70円程度の炭酸ドリンクを自販機で買って帰る日常を送っていた。

 その想い出を語ることもなくなって久しいが、クラフトエビング商会の吉田篤弘氏も自分と同じ歳なので、話せばイメージしてもらえると思う。

  

 成長し、大人となって彼が著作を成したとき、子どもであったときの心持ちを作品の中に入れこんでいるのが解る。そこに共有するものを、そして「同時代性」を感じるのだ。

 

 さてその吉田篤弘氏、こだわり派の彼は音楽、映画にも詳しいが、自分の好きなものを散りばめたその作風は読む者に心地よさを与えてくれる。もちろん、心地よさだけではないのだが。。

 

 今回はそんな彼の作品を二つ紹介しよう。

 

〜それからはスープのことばかり考えて暮らした〜
 
路面電車が走る町に越して来た青年が出会う人々。商店街のはずれのサンドイッチ店「トロワ」の店主と息子。アパートの屋根裏に住むマダム。隣町の映画館「月舟シネマ」のポップコーン売り。銀幕の女優に恋をした青年は時をこえてひとりの女性とめぐり会う―。
〜空ばかり見ていた〜
 
小さな町で小さな床屋を営むホクトはあるとき、吸い込まれそうなくらい美しい空を見上げて、決意する。「私はもっともっとたくさんの人の髪を切ってみたい」。そして、彼は鋏ひとつだけを鞄におさめ、好きなときに、好きな場所で、好きな人の髪を切る、自由気ままなあてのない旅に出た…。流浪の床屋をめぐる12のものがたり。
​この小さな国、日本での日常など世界の人々は知る由もない。だが、日常の中の人々の心のひだ、神秘性を感じる瞬間については想像でき、理解できるのではないか。
​ この二つの作品は是非、映像化して欲しい作品だ。
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